宗教法人 鶴岡八幡宮

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【武士の都・鎌倉の文化の起点】
鶴岡八幡宮は鎌倉幕府と共に始まり、今日まで、鎌倉の発展を見守り、支えてきました。
この場所から、多くの歴史の物語や、今に受け継がれる伝統文化が生まれました。
「武士の都・鎌倉の文化の起点」とも言える鶴岡八幡宮の由緒を通して、歴史や文化、鎌倉の地についてご案内いたします。

【東国社会の中心的存在へ】
源頼朝公は鶴岡八幡宮を篤く崇敬しておりました。
治承4年(1180年)、源頼朝公が初の武家政権である鎌倉幕府の拠点を鎌倉の地に構え、同年に先祖ゆかりの八幡宮を現在の場所に遷し祀ります。幕府、鎌倉、ひいては東国社会の守護神として篤い崇敬の誠を寄せたのです。
さらに、幕府の重要祭事として、放生会や流鏑馬、相撲、舞楽など今日に継承される祭事を境内でとり行いました。鶴岡八幡宮は東国社会の精神的中心、社会的中心だったのです。

【武運の神『八幡神』】
八幡神を祀る神社は、全国に4万社以上あると言われています。古くより源氏の氏神とされ、「武運の神」としても全国で信仰されました。
鶴岡八幡宮では、「応神天皇」、「比売神」、「神功皇后」の三柱の神様を御祭神としてお祀りしております。
応神天皇は第十五代の天皇であり、父は仲哀天皇、母は神功皇后となります。元明天皇の和同五年に現在の宇佐神宮にお祀りされ、その後清和天皇の御代に石清水八幡宮に勧請され、後白河法皇の御代建久二年に当宮にお祀りされました。造船を奨め、大陸の文化を盛んに取り入れるなどの功績があります。神功皇后は仲哀天皇の皇后であり、亡くなられた仲哀天皇のご遺志を継ぎ、熊襲征伐や三韓征伐を達成し、応神天皇が即位するまでの間、政事を執り行い聖母(しょうも)とも呼ばれています。

【国宝に因む「破魔矢」の発祥】
鶴岡八幡宮の初詣では、魔除けの縁起物「破魔矢」を手にした多くの参拝者を見かけます。授与される破魔矢は、源頼義が石清水八幡宮から勧請した際に賜った国宝「黒漆矢」に因んで作られたとされています。

【まちづくりの中心参道「若宮大路」】
由比ヶ浜海岸より八幡宮へ一直線に延びるおよそ2kmの参道・若宮大路。京都の朱雀大路になぞらえ、源頼朝公が鎌倉の街づくりの第一歩として、また、妻・北条政子の安産を祈願して、頼朝公自らの指揮のもと、御家人たちが土石を運んで築造したと伝えられている段葛が中央にあります。今でも多くの建物が立ち並ぶように、鎌倉の中心軸となり都市が発達していきました。

【鎌倉の移り変わり】
鎌倉幕府が終焉を迎えると鎌倉の地は活気を失います。しかし、武家政権発祥の地としての信仰は篤く、江戸時代には徳川家康が鶴岡八幡宮を中心に社寺の復興・保護に力を注いだことを機に、鎌倉の観光地化が進みます。明治・大正時代にかけては、川端康成や小林秀雄など鎌倉を好む作家が増え、「鎌倉文士」として多くの文化人が居住、滞在しました。
そして今日では、歴史を継承した街として年間を通じて国内外より多くの方が訪れます。

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施設情報

スポット名(カナ) しゅうきょうほうじん つるがおかはちまんぐう
電話番号 0467-22-0315
住所 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
アクセス JR横須賀線 、JR湘南新宿ライン「JR鎌倉駅」東口から徒歩10分 / 江ノ島電鉄「江ノ電鎌倉駅」から徒歩10分
営業時間 06:00~19:30
定休日 年中無休
駐車場 2
料金 家内安全 商売繁昌 交通安全など諸祈願
個人の方:1件につき10,000円より
備考 ・お守り 有
公式サイトのURL https://www.hachimangu.or.jp/
提供元 My神社
投稿者 みんトク編集部

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