宮崎神宮

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【神武天皇のご偉業】
『神武天皇ご誕生』
神武天皇は初代天皇にご即位するまでは、神日本磐余彦天皇、ご幼名を狭野命と申し上げました。天照大御神から五代目の御孫にあたります。鵜鷀草葺不合尊(鵜戸神宮ご祭神)の第四皇子で、母は玉依姫命(たまよりひめ)と申します。お生まれは宮崎県西諸県郡高原町大字狭野(にしもろかたぐんたかはるちょうおおあざさの)と言われ、この地には狭野神社が鎮座しています。
天皇は生まれつきご聡明で武に富みご性格もしっかりした方でしたので、御年十五歳の時皇太子に即(つ)かれ、宮崎で政治(まつりごと)をお取りになりました。しかし、当時は未だ全国統一がなされた時代ではなく、皇威(こうい)が全国に輝くというわけではありませんでした。

【二度にわたる拡張】
『明治40年の拡張』
明治31年二条基弘(にじょうもとひろ)公爵、島津忠亮(しまづただあきら)伯爵、高木兼寛(たかきかねひろ)男爵らが中心となって「神武天皇御降誕大祭会」が組織されました。宮崎神宮を社格に見合った規模の大社とすべく、奉賛会が組織され全国規模での募財活動が展開されました。皇室からのご下賜(かし)金や政府の改築費(7年間)なども支出され、明治40年9月に竣工となりました。

『皇紀二千六百年(昭和15年)の拡張』
昭和15年は神武天皇ご即位後二千六百年の佳節にあたり、肇国の歴史を偲び寿ぐために、紀元二千六百年奉祝会(総裁・秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)、副総裁・近衛文麿(このえふみまろ)、会長・徳川家達(とくがわいえさと))が設立されました。昭和13年7月の総会において、当神宮は橿原神宮についで第二位にランクされ、境内地の拡張工事や徴古館の改築など、県内外の祖国振興隊の勤労奉仕によって進められました。昭和15年11月25日、高松宮宣仁親王殿下(たかまつのみやのぶひとしんのうでんか)のご台臨を仰いで宮崎神宮境域拡張工事竣工奉献祭が斎行され、ようやくにして社格に見合った境内を得て、面目を施すこととなりました。
写真:境内拡張工事に従事する祖国振興隊(昭和14年頃)

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施設情報

スポット名(カナ) みやざきじんぐう
電話番号 0985-27-4004
住所 宮崎県宮崎市神宮2丁目4-1
アクセス JR宮崎神宮駅下車 徒歩10分
駐車場
料金 祈願
【初穂料】個人・・・5,000円
     団体(会社等)・・・20,000円~
※自動車、バイクのお祓いも、5,000円です。
(自転車(じてんしゃ)のお祓いは3,000円)
命名
【初穂料】5,000円~
備考 ・お守り 有
公式サイトのURL https://miyazakijingu.or.jp/
提供元 My神社
投稿者 みんトク編集部

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