神田神社
琵琶湖のほとり湖西・真野に建つ厄除けの名社
創建は約1200年前に遡り、この地の氏神をおまつりします
境内に神宮寺を構え、不動明王(仏像)もおまつりします
かつての神仏習合を伝える、全国的に珍しい神社でもあります
厄除け、初宮詣、七五三詣、交通安全などのご祈祷、地鎮祭や神葬祭、御朱印も承ります
キティ守りは氏子崇敬者の方々からご好評いただいております
七五三にお詣りしたい三重&滋賀の神社10選のランキングサイト、
週刊日本の神社(雑誌)にも紹介されています
初詣では、年始めの恒例行事として多くのご家族にご祈祷をお受けいただいております
神職と神前にのぼり、無病息災、福徳円満などをご祈願されます
ご祈祷は1組ごとに行いますので神前を独占、他のご家族に気を遣うこともありません
元気いっぱいのお子様も、兄弟が多い家族も安心
近くには浮御堂、琵琶湖博物館、おごと温泉、比叡山、ミシガン琵琶湖クルーズ、
ピエリ守山、琵琶湖大橋、日吉大社があります
おすすめ観光スポットをはじめ、琵琶湖を一周する神社巡り、神社デートで恋愛成就、
おいしいお店、役立つタウン情報、貸し衣装屋さんもご紹介しています。
【神仏習合】
インド発祥の「仏教」が伝来したのは今からおよそ1500年前といわれていますが、
仏教が伝来するよりもずっと昔から独自の信仰である「神道」が日本にはありました
固有の信仰があったにも関わらず、仏教は日本人に受け入れられ、神道と融合をはじめました
日本人はその頃から異国の文化に寛容で、良いものは取り入れようとする民族だったようです
この融合が「神仏習合」です
神仏習合を示す現象として、神社に神宮寺が建てられ、仏像が祀られました。
反対にお寺には日本の神が祀られました
「神社とお寺の違いが分からない」という声をよく耳にするのは、これが原因だったのです
この神仏習合は明治の時代まで続きました
時代のうねりが押し寄せる明治に神道と仏教を分ける動き(神仏分離)が起きました
神社から仏教に関するもの(仏像など)は排除されていき(廃仏毀釈)、
お寺からもまた、神道を感じられるものは排除されていきました
しかし、現在でも神仏習合の面影はいろいろなところに残っています
お寺に鳥居があり、神社に瓦葺(かわらぶき)のお社(やしろ)が数多く見られます
ただ、仏像をお祀りする神社はそれほど多くありません
幸いにして当神社では、廃仏毀釈の難を逃れた不動明王をお祀りしています
神仏習合を伝える全国的にも珍しい神社と云えます
お寺で神仏習合の面影を強く残し、神社と間違いやすいのが豊川稲荷です
【社格】
『式内社』(しきないしゃ)
式内社とは、延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載された神社。延喜式神名帳は延長5年(西暦927年)に醍醐(だいご)天皇(第60代)の命により編纂されました。
・式内社は全国に2861社
現在の神社の総数は約8万社、式内社の割合は約4%
・旧滋賀郡八社の1つ
旧とつくのは滋賀郡に含まれる地域が変更されたためです。
神田神社のある地域は滋賀郡から大津市になりました。
・旧県社
明治期に制定された社格制度で神田神社は県社に区分されました。社格は、官弊社、別格官幣社、国弊社、府社、県社、郷社、村社、無格社がありました。この社格制度は戦後に撤廃されましたが、その名残で旧県社のように旧をつけて呼ばれています。
【不動尊】
お堂(神宮寺)を構え、不動明王(仏像)をおまつりしています
仏像をおまつりする神社は全国的にも珍しいといえます
創建は約1200年前に遡り、この地の氏神をおまつりします
境内に神宮寺を構え、不動明王(仏像)もおまつりします
かつての神仏習合を伝える、全国的に珍しい神社でもあります
厄除け、初宮詣、七五三詣、交通安全などのご祈祷、地鎮祭や神葬祭、御朱印も承ります
キティ守りは氏子崇敬者の方々からご好評いただいております
七五三にお詣りしたい三重&滋賀の神社10選のランキングサイト、
週刊日本の神社(雑誌)にも紹介されています
初詣では、年始めの恒例行事として多くのご家族にご祈祷をお受けいただいております
神職と神前にのぼり、無病息災、福徳円満などをご祈願されます
ご祈祷は1組ごとに行いますので神前を独占、他のご家族に気を遣うこともありません
元気いっぱいのお子様も、兄弟が多い家族も安心
近くには浮御堂、琵琶湖博物館、おごと温泉、比叡山、ミシガン琵琶湖クルーズ、
ピエリ守山、琵琶湖大橋、日吉大社があります
おすすめ観光スポットをはじめ、琵琶湖を一周する神社巡り、神社デートで恋愛成就、
おいしいお店、役立つタウン情報、貸し衣装屋さんもご紹介しています。
【神仏習合】
インド発祥の「仏教」が伝来したのは今からおよそ1500年前といわれていますが、
仏教が伝来するよりもずっと昔から独自の信仰である「神道」が日本にはありました
固有の信仰があったにも関わらず、仏教は日本人に受け入れられ、神道と融合をはじめました
日本人はその頃から異国の文化に寛容で、良いものは取り入れようとする民族だったようです
この融合が「神仏習合」です
神仏習合を示す現象として、神社に神宮寺が建てられ、仏像が祀られました。
反対にお寺には日本の神が祀られました
「神社とお寺の違いが分からない」という声をよく耳にするのは、これが原因だったのです
この神仏習合は明治の時代まで続きました
時代のうねりが押し寄せる明治に神道と仏教を分ける動き(神仏分離)が起きました
神社から仏教に関するもの(仏像など)は排除されていき(廃仏毀釈)、
お寺からもまた、神道を感じられるものは排除されていきました
しかし、現在でも神仏習合の面影はいろいろなところに残っています
お寺に鳥居があり、神社に瓦葺(かわらぶき)のお社(やしろ)が数多く見られます
ただ、仏像をお祀りする神社はそれほど多くありません
幸いにして当神社では、廃仏毀釈の難を逃れた不動明王をお祀りしています
神仏習合を伝える全国的にも珍しい神社と云えます
お寺で神仏習合の面影を強く残し、神社と間違いやすいのが豊川稲荷です
【社格】
『式内社』(しきないしゃ)
式内社とは、延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載された神社。延喜式神名帳は延長5年(西暦927年)に醍醐(だいご)天皇(第60代)の命により編纂されました。
・式内社は全国に2861社
現在の神社の総数は約8万社、式内社の割合は約4%
・旧滋賀郡八社の1つ
旧とつくのは滋賀郡に含まれる地域が変更されたためです。
神田神社のある地域は滋賀郡から大津市になりました。
・旧県社
明治期に制定された社格制度で神田神社は県社に区分されました。社格は、官弊社、別格官幣社、国弊社、府社、県社、郷社、村社、無格社がありました。この社格制度は戦後に撤廃されましたが、その名残で旧県社のように旧をつけて呼ばれています。
【不動尊】
お堂(神宮寺)を構え、不動明王(仏像)をおまつりしています
仏像をおまつりする神社は全国的にも珍しいといえます
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施設情報
| スポット名(カナ) | かんだじんじゃ |
|---|---|
| 電話番号 | 077-572-1330 |
| 住所 | 滋賀県大津市真野4丁目7−2 |
| アクセス | JR湖西線「堅田」駅を下車、タクシーにて約5分(「新宿橋の近くの神田神社へ」とお知らせ下さい) |
| 駐車場 | 有 |
| 備考 | ・お守り 有 |
| 提供元 | My神社 |
| 投稿者 | みんトク編集部 |









