南部一之宮 櫛引八幡宮
・本殿
御祭神:誉田別尊(ほんだわけのみこと):八幡大神(はちまんおおかみ)
江戸時代/三間社流造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立【国指定重要文化財】
「南部一之宮」にふさわしく、当時の規矩にかなった正規の構造手法が認められるものであり、その構えは壮大でかつ優美であり、屋根の流れの曲線の美しさは特筆に値する。
江戸時代前期のものであるが、桃山時代の遺風が察しられる名建築である。
・拝殿
昭和59年(1984年)竣工
現在の拝殿は昭和59年11月に竣工したものである。
・末社『春日社』
御祭神:天津児屋根神(あまつこやねのかみ)
江戸時代/一間社春日造・銅板葺 元文4年(1739年)勧請 【国指定重要文化財】
本殿に向かって左側、先の神明宮と対称の位置に奉られている小さな社殿である。
小規模ながらも正規の一間社春日造の形式である。
・松福稲荷神社(しょうふくいなりじんじゃ)
御祭神 倉稲霊神(うがのみたまのかみ)
京都の伏見稲荷大社より御分霊を勧請し、もとは松下ライフエレクトロニクス株式会社(旧ナショナル社)に祀られていたが、平成十七年に会社が仙台に統合される為に、当宮に遷された。
・悶破稲荷神社(もんぱいなりじんじゃ)
御祭神 倉稲霊神(うがのみたまのかみ)
神名の稲荷は、いなりの音「生成り」から来るとも云われ御神徳は稲のみならず、全ての植物はては万物の成長・商売繁盛・社業繁栄・発展である。
また、この悶破稲荷神社の御神徳として、その神社名の通り心の悶々とした苦しみや、悩み迷いを打ち破り、払って下さると云われます。
・末社『神明宮』
御祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
江戸時代/一間社流造・銅板葺 元文4年(1739年)勧請 【国指定重要文化財】
本殿に向かって右側に奉られており、小さなものではあるがその形がよく整っており、見た目にも美しい社殿である。
ここに勧請されたのが元文4年(1739)と伝えており、先に見た本殿や拝殿などよりも新しい手法が見られるが、今では、八幡宮社殿として一体のものである。
・合祀殿
大国主神(おおくにぬしのかみ)をはじめ、十五柱の神々をあわせてお祀りしております。
・長所(旧拝殿)
江戸時代/桁行七間・向拝一間・入母屋造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立 【国指定重要文化財】
舟肘木に一軒の疎垂木という簡素な造りの拝殿ではあったが、本殿に対しても建て揚げが低く落ち着いた感じで、開口部の風土性豊かな構造ともあいまって、実に、好感のもてる建物であった。
移築後も旧姿をよくとどめており、本殿と一体のものとしてあった時の形が偲ばれるものである。
・正門
江戸時代/四脚門・切妻造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立 【国指定重要文化財】
四脚門は、平屋の門のなかで最も格式の高い形式であり、「南部一之宮」の正門として、相応しい構造形式を取っているものである。正門は、切石の礎石を置き、木製の礎盤と唐居敷の上に建っている。
御祭神:誉田別尊(ほんだわけのみこと):八幡大神(はちまんおおかみ)
江戸時代/三間社流造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立【国指定重要文化財】
「南部一之宮」にふさわしく、当時の規矩にかなった正規の構造手法が認められるものであり、その構えは壮大でかつ優美であり、屋根の流れの曲線の美しさは特筆に値する。
江戸時代前期のものであるが、桃山時代の遺風が察しられる名建築である。
・拝殿
昭和59年(1984年)竣工
現在の拝殿は昭和59年11月に竣工したものである。
・末社『春日社』
御祭神:天津児屋根神(あまつこやねのかみ)
江戸時代/一間社春日造・銅板葺 元文4年(1739年)勧請 【国指定重要文化財】
本殿に向かって左側、先の神明宮と対称の位置に奉られている小さな社殿である。
小規模ながらも正規の一間社春日造の形式である。
・松福稲荷神社(しょうふくいなりじんじゃ)
御祭神 倉稲霊神(うがのみたまのかみ)
京都の伏見稲荷大社より御分霊を勧請し、もとは松下ライフエレクトロニクス株式会社(旧ナショナル社)に祀られていたが、平成十七年に会社が仙台に統合される為に、当宮に遷された。
・悶破稲荷神社(もんぱいなりじんじゃ)
御祭神 倉稲霊神(うがのみたまのかみ)
神名の稲荷は、いなりの音「生成り」から来るとも云われ御神徳は稲のみならず、全ての植物はては万物の成長・商売繁盛・社業繁栄・発展である。
また、この悶破稲荷神社の御神徳として、その神社名の通り心の悶々とした苦しみや、悩み迷いを打ち破り、払って下さると云われます。
・末社『神明宮』
御祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
江戸時代/一間社流造・銅板葺 元文4年(1739年)勧請 【国指定重要文化財】
本殿に向かって右側に奉られており、小さなものではあるがその形がよく整っており、見た目にも美しい社殿である。
ここに勧請されたのが元文4年(1739)と伝えており、先に見た本殿や拝殿などよりも新しい手法が見られるが、今では、八幡宮社殿として一体のものである。
・合祀殿
大国主神(おおくにぬしのかみ)をはじめ、十五柱の神々をあわせてお祀りしております。
・長所(旧拝殿)
江戸時代/桁行七間・向拝一間・入母屋造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立 【国指定重要文化財】
舟肘木に一軒の疎垂木という簡素な造りの拝殿ではあったが、本殿に対しても建て揚げが低く落ち着いた感じで、開口部の風土性豊かな構造ともあいまって、実に、好感のもてる建物であった。
移築後も旧姿をよくとどめており、本殿と一体のものとしてあった時の形が偲ばれるものである。
・正門
江戸時代/四脚門・切妻造・銅板葺 慶安元年(1648年)建立 【国指定重要文化財】
四脚門は、平屋の門のなかで最も格式の高い形式であり、「南部一之宮」の正門として、相応しい構造形式を取っているものである。正門は、切石の礎石を置き、木製の礎盤と唐居敷の上に建っている。
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施設情報
| スポット名(カナ) | なんぶいちのみや くしびきはちまんぐう |
|---|---|
| 電話番号 | 0178-27-3053 |
| 住所 | 青森県八戸市八幡字八幡丁3 |
| アクセス | 八戸駅から車で10分 |
| 駐車場 | 有 |
| 備考 | ・お守り 有 |
| 提供元 | My神社 |
| 投稿者 | みんトク編集部 |








