佐谷田神社
【佐谷田と塞神】
「佐谷田(さやだ)」は低湿地の意味であると言われていますが、一説には「さえど」の転訛と見て、「道祖神(さえのかみ)を祀る所」の意味であるとする説もあります。
当地が特に道祖神を祀った場所とは考えにくいのですが、境内には「塞神」と彫られた石碑4基があります。
そのうち2基には
「明治二己巳年四月吉日 混雑仏復古就御一新改祀之」
の文字が判読できます(あと2基のものは磨滅がひどく判読できません)。これは、元来は庚申塔であったと思われますが、あまり他では見かけない処置です。恐らくは、往時朝廷に後ろめたさのあった親藩忍領に属していたためかとも考えられます。
熊谷は水の都
古くは、この辺り一帯のどこを掘っても清流がわき出たそうです。
当神社の境内にも、昔は石塁に井戸があったとの記録がありますが、現在その場所は不明です。
氏子区域
氏子区域は、佐谷田・戸出(とで)・平戸(ひらと)。
昭和20年ごろ、地域の諍いにより戸出・平戸が氏子から分離するという事態が起こりましたが、分祀祭(神様のご分霊をいただく儀式)は行われず、それぞれのご神体は今も変わらず往古のまま佐谷田神社に祀られ、戸出・平戸地域からも篤い崇敬をうけています。
佐谷田は東・西・南・北・戸出・平戸の6区に分けられています。
現在の恒例祭事(例祭・春秋季大祭・正月等)の運営は、宮司の指揮の下、東西南北の4区から各地区の自治会長の推薦で選ばれた計10名の氏子総代により行い、祭事の世話は隣組単位に年番で置かれている祭事係が行っています。
「佐谷田(さやだ)」は低湿地の意味であると言われていますが、一説には「さえど」の転訛と見て、「道祖神(さえのかみ)を祀る所」の意味であるとする説もあります。
当地が特に道祖神を祀った場所とは考えにくいのですが、境内には「塞神」と彫られた石碑4基があります。
そのうち2基には
「明治二己巳年四月吉日 混雑仏復古就御一新改祀之」
の文字が判読できます(あと2基のものは磨滅がひどく判読できません)。これは、元来は庚申塔であったと思われますが、あまり他では見かけない処置です。恐らくは、往時朝廷に後ろめたさのあった親藩忍領に属していたためかとも考えられます。
熊谷は水の都
古くは、この辺り一帯のどこを掘っても清流がわき出たそうです。
当神社の境内にも、昔は石塁に井戸があったとの記録がありますが、現在その場所は不明です。
氏子区域
氏子区域は、佐谷田・戸出(とで)・平戸(ひらと)。
昭和20年ごろ、地域の諍いにより戸出・平戸が氏子から分離するという事態が起こりましたが、分祀祭(神様のご分霊をいただく儀式)は行われず、それぞれのご神体は今も変わらず往古のまま佐谷田神社に祀られ、戸出・平戸地域からも篤い崇敬をうけています。
佐谷田は東・西・南・北・戸出・平戸の6区に分けられています。
現在の恒例祭事(例祭・春秋季大祭・正月等)の運営は、宮司の指揮の下、東西南北の4区から各地区の自治会長の推薦で選ばれた計10名の氏子総代により行い、祭事の世話は隣組単位に年番で置かれている祭事係が行っています。
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施設情報
| スポット名(カナ) | さやだじんじゃ |
|---|---|
| 電話番号 | 048-527-0885 |
| 住所 | 埼玉県熊谷市佐谷田310 |
| アクセス | JR高崎線 熊谷駅 徒歩25分 |
| 備考 | ・お神札 無 |
| 提供元 | My神社 |
| 投稿者 | みんトク編集部 |







